cucin amica

餃子

DSC03507-1.jpg

妊娠中、テレビに映る芸能人を見ては、
「お腹の赤ちゃんは、こんな顔かしら・・・」と何度も思った。
「生田斗真だったらどうしよ~~~♪もしかして伊勢谷友介だったりして~~~♪」
などなど、イケメンを見る度に心を躍らせた。
そして、鏡で自分の顔や、隣のオットの顔を見る度に、
「それはないな・・・。」と、現実を噛みしめた。

産まれてきた凛太郎。
当初は、大好きな「加瀬亮」にそっくりで、家族中でキャッキャと盛り上がった。
ところが、日増しにほっぺがふっくらし、頭がどんどんデカくなり・・・
今現在は、まさに!お地蔵さんだ。
ふくよかなほっぺに押され、日増しに目が細くなり、
柔和な地蔵感は増すばかり・・・。

先日、遊びに来てくれた友人が、
バウンサーに座る凛太郎の前で手を合わせ「ありがたや。ありがたや。」などと言っている。
こんな近くにパワースポットがあったとは!!!

先に出産した友人が、
「夜中に目が覚めてさ、隣で眠る可愛い寝顔に胸キュンだよ♪」などと言うのを聞き、
「ほほぅ。赤子の寝顔とはそんなに可愛いものなのかぁ」と楽しみにしていた。
ところが深夜、ランプの明かりの下、眠る凛太郎の寝顔は団子のようで、
思わず吹き出してしまうほどだ。

そんな団子地蔵凛太郎は、お地蔵さんのようにとても穏やかに育っている。
抱っこ星人を卒業し、一日に3回それぞれ40分ほど。
一人でおしゃべりしたり、ケラケラ笑ったりする時間を好むようになり、
私はその時を無駄にするまい!!!と馬車馬のように家のことをする。

今日は「餃子」を作ることが出来た。
1回目の40分は具材を切りまくる。
2回目は練り込む。
3回目は包む。
3回目は夕方に近いので、少々のおグズが始まり、
それでも何とか包み終わりたい私は、
飽き始めた凛太郎の前で、中国雑技団さながらのオーバーアクションで餃子を包む・・・。
包み終わりはもうヘトヘト。

それでも、ひとつずつ出来ることが増えて嬉しい。
ありがたや。ありがたや。


スポンサーサイト

55日。

DSC03512-2.jpg


写真を撮ったこの日。
凛太郎が生まれて55日目の午後。


里帰りを終え、自宅に戻りてんやわんやな毎日の中、
「あ~。カフェオレ飲みたい!」と、原田知世さながら口にしていた。
今日こそ飲もう!今日こそ絶対飲むぞ!!
と、意気込むものの、自分の為にお湯を沸かす暇も、
まして豆を挽くなど!!本当に出来ない日々が続いていた。

あっと言う間に終わる一日。
でも、ヘトヘトであっと言う間とも思えないような長い一日。
あんなに溢れるほどあった自分の時間は、
出産と同時に消えてしまっていた。

泣き虫な凛太郎。
やっと寝付かせ、静かに静かに抜き足差し足。
それでも、うっかり物音を立ててしまい、「ギャーッ」・・・の繰り返し。
「んもーっ。よくよく考えたらさ、凛太郎の方が新参者なんだから、
 凛太郎があたしの生活に合わせてよね!!」
などと、相変わらず大人げない発言&行動。
小さな音で見ていたテレビ(ほぼ消音)のボリュームを上げ、
掃除機だって掛けちゃうぜ!!
などとしていたら、凛太郎はへそを曲げ泣き続けた。
結果・・・自分の負担が増えることを知り、
また「抜き足差し足」の生活に戻ったのだ。トホホ


「また同じ一日が始まるのかぁ。」
そんな風に思う自分にハッとし、このままではいかん!!と、気持ちを切り替える術を探る。
そして、幼い頃見た「赤毛のアン」のセリフを思い出した。
「今日はまだ失敗のない一日!」
朝起きたばかりのアンが、失敗だらけの自分を励ますために言った言葉だ。
「まだ失敗のない一日」
心に沁みる、今の私の為の言葉に思える。

あんなに楽しもうと思っていた育児に、さっそく躓き、
ため息ばかりになってしまった毎日。
「よし!今日はまだ失敗のない一日!」そんな風に始めた日、
凛太郎は驚くほどご機嫌で、午後のお昼寝をたっぷりした。
挽きたてコーヒーが駄目なら、たった一杯のインスタントコーヒーだっていい♪
母が焼くだけにして冷凍してくれたアップルパイが焦げてしまったっていい♪
そんな風に一日を楽しんだ。

その日。
私の育児ノートに、小さなお花のマークを付けた。
凛太郎がおりこうさんだった日。私が産後初めてカフェオレを飲んだ日。
失敗のない一日。
55日目の午後を、私はずっと忘れないと思う。


DSC01573_convert_20081203182909_20101209205938.jpg

・・・つづき
なんて書きながら、すっかり間が空き失礼いたしましたっ
秋も深まり、庭の紅葉も色付きびっくり!!


陣痛がいよいよ5分間隔になり、産院へ行ったのは夕方過ぎ。
診察してもらうと「子宮口が1.5㎝しか開いていないから、今日明日には生まれないかもね~」とのこと。
ええええええええええ!!
こんな間隔の痛みが今日も明日も続くの~~?と、トホホ顔になる。
一瞬帰らせてもらおうか・・・とも思ったが、優しい助産師さんが入院を勧める。
母と二人陣痛室に入り、「あんなに食べてきたのにね・・・」と話す。
なのにすぐ、夕食の時間になり、ものすごい豪華な夕食が運ばれてきた。
忘れていたのだが、私が選んだ産院はプチセレブな感じで、
とにもかくにも産前産後の母親のケア優先!で、食事は豪華、デザート、エステ付きなのだ。
豪華な夕食を前に、私も母も胸やけがする・・・
駆けつけたオットに食べてもらうことにした。

すぐに産まれないのか・・・と安心しきり、母とオリンピックを見ていたのだが、
どんどん陣痛の間隔が短くなり、夜9時には2分間隔になる。
痛みもどんどん強くなり始めた。
しかし、こんな時でも私は付き添ってくれる母やオットが退屈ではないかと気になる。
妊婦さんの中には「心細いから手を繋いでもらったの」などと可愛いことを言う人もいるが、
私の場合、陣痛の度にベッド脇の鉄パイプをギュ~~と握るのが一番だった。
あんな怪力じゃオットの腕が折れてしまう・・・
そして思ったのだ。
出産て、自分と赤ちゃんの二人だけの戦いなんだわ~~~、と。
そんなわけで、いよいよ生まれる時には助産師さんが連絡してくれるとの事のなので、
母とオットには帰宅してもらった。
暗い陣痛室で、心細くないと言ったら嘘になるけど、
なんだか集中力が湧いてきたのだ。


カーテン越しの隣の妊婦さんは、私より早くこの部屋に居る。
助産師さんとの話では、旦那さんは海上自衛隊でハワイから船で帰国中・・・
お産には間に合わないと話している(←盗み聞き!!
一人なんて心細いだろうな~~と、他人の心配をしてる場合ではないのだが、
なんだか同志の様な気持ちが湧いてくるのだ。

なるべく大きな声は出したくないものの、痛みから「ウー。」と言ってしまう。
そんな時でもさすがプチセレブ産院!
「お夜食のパンナコッタです。ここに置きますね~」とお世話係さんが持ってきた。
おいおいおいお~いっ
こんな時に食べれる人いるの??と心の中でツッコミを入れる。

深夜1時を過ぎ、陣痛は1分間隔で痛みがどんどん激しくなる中、
隣の妊婦さんがナースコールで助産師さんを呼んでいた。
「お!いよいよか!うらやましいぜっ」と耳を澄ましていると、彼女が言うのだ。
「痛み止めって、もらえますか?」
エエエエエエエエエッ
痛み止めがあるの?!私も欲しいっ!絶対欲しいっ!
と、隣のベッドで耳を澄ます。
「ありませんよ~。もう少しで赤ちゃん会えますからね~。頑張りましょうね~」
・・・そりゃそうだ。
この時の会話は、後に同室になった彼女と爆笑のネタになった。

深夜2時過ぎ。
連絡を待ちきれず、心配になったオットと母が現れる。
以前と全く雰囲気の変わった私に驚き、汗を拭いたり背中をさすったり・・・。
しかし、会話をする余裕はすでに無く、
ただ「パンナコッタ食べていいよ・・・」と言っただけ。食べ物の事が気になり過ぎる。笑
オットの登場と共に現れた助産師さん曰く、
思った以上に子宮口が開き、お産が順調だと話している。
陣痛が1分間隔になり、激しい痛みがあるものの、
私は眠くて眠くて仕方なかった。
想像をはるかに超える痛みの中でも、その痛みの無い方の1分間に気絶のように眠ってしまう。
普通の人は、痛みの無い1分間に、次に来る激痛の1分間を恐れ、
身体が硬くなり、お産が進みにくくなると言う。
ところが私は、その1分間を怖がるどころか眠ってしまう・・・。
この睡眠が体をリラックスさせ、お産がどんどん進んだと、後に助産師さんが話してくれた。
その様子を見て、オットは「のび太のような寝つきの良さが、まさか出産で役立つとは・・・」
と、しみじみ感じていたらしいのだ。

しかし。
陣痛と言うのは想像を絶する痛みだった。
「あの人も・・・あの人も・・・こんな痛みを経験したの??」と、
色んな人たちが頭を過ぎり脱帽の思い。
「今度会ったときは帽子を取ってお辞儀をしよう」と本気で思いながら、
朝方6時に、監獄と言う名の陣痛室を脱出し、
私はいざ!分娩室へ!!
オットが背中をさするたびに、ゲロを吐くと言う大失態を繰り返し(笑)、
「ゲボ袋」を持たされ分娩台へ上がった。

そして、驚くほど早く産まれた。
息んだのは8回。たった4セットの息みで登場した凛太郎。
私もオットもあまりの早い登場に心底驚いた。
小さな小さな凛太郎は、まるでお米の神様のような風貌だった。



                    いやいや~。長い文章で失礼いたしました~。

SEO対策:さいたま市 SEO対策:西区 SEO対策:料理 SEO対策:パン