cucin amica

祖父のこと

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鹿児島で暮らす祖父母の様子を見に、実家の母が明日から鹿児島へ行く。
手荷物にしてはかさ張るが、日持ちのする大きなパンをふたつ焼いた。

私は学生時代、祖父に毎月のように手紙を書いていた。
変わり者でカンシャク持ちで、人付き合いの苦手な祖父が好きだったのだ。
戦争で体を壊し、思うように行かなかった人生にクサクサし、
その憤りを体全身で表現し、時にはとても馴染めないこともあった。
でも、祖父の持つ強い反骨精神や誰に対しても平等の心意気が、
多感な時期の私にはとっても共感できたのだ。

志ばかり高く、そのくせ努力の足りない自分を棚に上げ、
不満や憤りをたくさん書いた手紙を何通も送っていたと思う。
それでも祖父は、一度も私を戒めることなく、励まし褒めてくれた。

26歳の冬。鹿児島へ行ったある日。
祖父が寝室の引き出しから、手紙の束を出した。
「10年前の自分がどんなことを書いてたか読んでみんね。」
それは、私が送ったたくさんの手紙だった。

記憶を辿り、始めの頃に使っていたであろう封筒を取り出す。
10年前の私は、とても恥ずかしかった・・・
想像の中ではもっと真面目に書きまくってたイメージがあったのだが、
実際は、最近見た映画のラストシーンへのダメ出しや、読んだ本の感想、
終いには、友人の彼氏について書いてあり・・・
なぜ年老いた祖父にそんな色恋沙汰を書いたのかわからない。   
ゲラゲラと笑い、そして急に恥ずかしくなり、途中で読むのを止めた。
10年前って割と最近で、懐かしむには早い・・・。そう思ったのだ。
そんな私に祖父は「また10年経ったら読むといい」と言った。
そして時折、この手紙を読み返してるとも言う。
「ええ!!やだ~っ」と恥ずかしがる私に、
「何も恥ずかしがることはない。いい手紙だ。」と言った。


今年、祖父は90歳になった。
もう私のことは、わからないそうだ。
それでも私はさみしくない。
多感なあの頃、桜島の灰がチラチラと積もるあのポストに、
何度も何度も手紙が届くたびに、
祖父はいつも電話の向こうで「じじい孝行じゃ。」と言ってくれた。


またいつか、あの手紙を読んでみようと思う。
昔の自分に会うのが楽しみだ。
あんな手紙を大切にしてくれた「孫孝行」な祖父に感謝している。













 

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